古川タク

古川タク Taku Furukawa(b.1941、日本)

本名:古川 肇郁

略歴:
三重県上野市(現・伊賀市)出身、イラストレーター、絵本作家である。三重県立上野高等学校、大阪外国語大学イスパニア語学科卒業。日本アニメーション協会会長代行。
アニメーションからイラスト、漫画と活躍は多岐に渡る。個人製作によるシンプルな画風ととぼけたユーモアのアニメーションで世界的な評価を受けた。線画タッチの作品が多いのはソール・スタインバーグの影響。日本ではNHKの『みんなのうた』で定期的に作品を発表の場とした。技法の面では、1830年代初頭のヨーロッパで発明されたアニメーションの元祖ともされる「フェナキスティスコープ(Phenakisti-Scope)」を復興。絵を描いた円盤を回転させる原理というは分かっていたものの、具体的な製作方法が不明だったフェナキスティスコープを試行錯誤の末に再現することに成功して、1974年に「おどろき盤」と名付けた。これを用いたアニメーション『驚き盤』で、1975年にアヌシー国際アニメーション映画祭審査員特別賞を受賞した。フェナキスティスコープ、ゾートロープを用いたジャンルでは第一人者である。
手塚治虫に憧れて、三重県での高校時代から漫画を描き始める。大学在学中は大阪外国語大学に籍を置きつつ、上京して、TCJ(現・エイケン)で働いた。テレビアニメ『鉄人28号』の制作初期に参加したという。当時の日本は個人作家によるアートアニメーションの勃興期でもあり、古川も、和田誠と柳原良平によるCMアニメーションや、上映会で見たノーマン・マクラレンの『線と色の即興詩』や久里洋二の『人間動物園』などに魅せられて、インディペンデントアニメーションの世界を志すようになる。大学卒業後の1964年に久里洋二が主宰する洋二実験漫画工房へ入社し、本格的にアニメーション技術を学び始める。この頃、横尾忠則、和田誠、宇野亜喜良、伊坂芳太良のアニメーションを手伝ったことは良い経験になったという。洋二実験漫画工房に3年余り在籍した後、1968年に独立。個人で自費出版をしたり個展を開催、小さなイラストの仕事をこなしながらアニメーションを自主製作した。1969年にアヌシー国際アニメーション映画祭に出品した『牛頭』が入選したことで、やがてNHKから『みんなのうた』のアニメーション制作の依頼、雑誌「話の特集」「平凡パンチ」のイラストの仕事が舞い込むようになり、仕事の拠点として1970年にタクン実験漫画BOXを設立。2004年紫綬褒章受賞。

フィルモグラフィー:
1975 驚き盤
1979 ザ・タクン・ユーモア
1980 スピード
1994 以心伝心

関連サイト:

  • 最終更新:2009-04-25 22:05:57

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